琉球王国のグスクおよび関連遺産群 識名園 | ||||
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識名園は、「南苑」とか「識名御殿(シチナヌウドゥン)」などと呼ばれた廻遊式庭園。池の周りを散策しながら景色の移り変わりを楽しむ造りになっています。中国からの冊封使を歓待したり,国王一家の保養のために1799年に造られました。 中国風のあずま屋の六角堂や琉球石灰岩のアーチ橋が配され琉球独自の趣をかもしだしています。面積は41,997u(12,726坪)。1941(昭和16)年に国指定名勝になりましたが識名園もまた沖縄戦で破壊され、1975年から約20年の歳月をかけ復元されました。尚温王時代の1800年に完成した。 |
正 門 | 緩やかなカーブの先に広がる庭園 | 育徳泉 |
育徳泉は清冽な水をたたえ、池の水源にもなっています。「相方積み」の琉球石灰岩の美しい曲線が見事です。また、井戸口は右手にもあります。井戸口の上には、泉をたたえた二つの碑が立てられています。向かって右は、1800(嘉慶5)年、尚温王の冊封正使・趙文揩(ちょうぶんかい)が題した「育徳泉碑」、向かって左の碑は、1838(道光18)年、尚育王の冊封正使林鴻年(りんこうねん)が題した「甘醴延齢碑(かんれいえんれいひ)」です。もとの碑は、戦災を受けて破損したため、1980(昭和55)年に拓本をもとにして復元されたものです。 | ||
甘醴延齢碑 | 育徳泉碑 |
御殿(うどぅん)は赤瓦屋根の木造建築で、当時の上流階級のみに許された格式あるつくりですが、雨端(あまはじ)などに民家風の趣を取り入れています。明治末期から大正時代のはじめごろ、増改築がなされました。
総面積は525u(159坪)。冊封使を迎えた一番座、 それに連なる二番座、三番座、台所、茶の間、前(メー)の一番座、前(メー)の二番座など、15もの部屋がありました。
去る戦争で園内のほとんどの建造物が破壊されたため、現在の御殿は尚家(王家)によって復元(工期:1975〜1995年)されたものです。 |
前の一番座 | 御殿内からの眺め | 奥から一番座、二番座、三番座 |
六 角 堂 | 対照的な石橋 | 石橋から御殿を眺める。 |
白 鷺 | 滝口を流れ落ちる水 | 船 揚 場 | 勧耕台碑 |
勧耕台 | 勧耕台からの眺め | 番 屋 | チケット売り場 |
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